» 2013 » 11月のブログ記事

11月30日午後、政治系ゼミナール討論会が深草キャンパス21号館604教室で開催されました。今回の討論会には、国際関係コースの落合ゼミを含む6つのゼミナールが参加しました。討論会後は、学生食堂で懇親会がもたれました。討論会の優勝は橋口ゼミ、2位は西倉ゼミでした。

国際関係コースの落合ゼミが11月30日に実施された法学部政治系ゼミナール討論会に参加しました。ゼミ生はみな、発表直前までラーニングクロスロードで発表準備に追われていました。発表テーマは「東アフリカの紛争と国連介入」でした。ご苦労様でした。なんとか逃げ切りましたね。

私が所属する日本アフリカ学会が京都大学アフリカ地域研究資料センターと共催で実施する『日本アフリカ学会創立50周年記念市民公開講座』の第5回講座のご案内です。

◆第5回 2013年12月14日(土)

「急成長で岐路に立つアフリカ」
大林 稔(龍谷大学経済学部国際経済学科・教授(2013年3月まで))
21世紀に入ってアフリカの成長は目覚しく、高層ビルとショッピングモールの建設が続いています。他方人々の暮らしはかえって悪化し、政治は不安定化しています。アフリカはどこに行くのかを、経済から考えてみます。

時間:15:00~17:00
会場:京都大学稲盛財団記念館3階、大会議室
(地図:http://jambo.africa.kyoto-u.ac.jp/access.html)
受講料:無料
申し込み:不要

問い合わせ先)
京都大学アフリカ地域研究資料センター 
電話:075-753-7803
E-mail:jaas50th@gmail.com
日本アフリカ学会 http://african-studies.com/
京都大学アフリカ地域研究資料センター http://jambo.africa.kyoto-u.ac.jp/index.html

以下のとおり、立命館大学で「アフリカの社会と笑い研究会」という、なにやら面白そうな研究会が開催されます。

演題 「タンザニアのポピュラー音楽における笑いとストリートの政治」
講演者: 小川 さやか 氏 (立命館大学大学院 先端総合学術研究科 准教授)
日時:  2013年12月20日(金) 18:00~19:30
場所: 立命館大学衣笠キャンパス 諒友館821教室
概要: タンザニアのポピュラー音楽「ボンゴ・フレーバ(bongo  flava)」は、外来のヒップホップやレゲエをもとに誕生した新しい音楽ジャンルである。多くの研究者は、歌詞のテーマに焦点を当てることで、この音楽を若者による自己イメージの操作や社会風刺・啓蒙のための媒体として論じてきた。そのうえで、近年、ボンゴ・フレーバが欧米文化に迎合し、ローカルな文脈から離脱しつつあることも指摘した。本発表では、若者たちが、ストリートにおいてこの音楽をどのように受容・消費しているのかを明らかにすることで、この音楽における風刺とは、特定の歌詞やテーマを超えた「笑い」の実践へと転換しうるさまざまな身体的・感覚的な表現にあることを指摘する。また、そのような「笑い」の実践に着目し、「政治のストリート化」と「ストリートの政治化」の折衝を論じる。

[下記、地図の34番の建物です]
http://www.ritsumei.jp/campusmap/map_kinugasa_j.html

11月26日、ゼミナール3回生と一緒に東福寺に紅葉狩りに行きました。今年は秋を感じることがほとんどできませんでしたが、しばし晩秋を堪能しました。3回生はこれから就職活動に入ります。がんばれ、若人(わこうど)!

私が所属する日本アフリカ学会では、創立50周年記念事業の一環として、著者インタビューのネット上での公開番組「アフリカ・トーク」の放送を開始しました。

第一回は村尾るみこ会員(東京外国語大学)に登場いただき、本学会研究奨励賞と日本熱帯生態学会「吉良賞」奨励賞をダブル受賞した『創造するアフリカ農民―紛争国周辺農村を生きる生計戦略―』(昭和堂、2013年)について語っていただきました。

どうぞこちらを御覧ください。
http://m.youtube.com/watch?v=Sm6K_s2Z-Rw

龍谷大学法学会研究会が以外の通り開催されます。

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2013年度法学会研究会
日時:2013年11月27日(水)15:00~
場所:龍谷大学深草キャンパス8号館4階共同研究室
報告者:神吉正三氏(本学法学部教授)
テーマ:会社法の施行と商事法研究者の情報発信力の変化
    -「旬刊商事法務」誌の分析をとおして
参考資料:龍谷法学46巻1号335~353頁
主催:龍谷大学 法学会

突然ですが、アフリカに関するクイズを3問。

(1)2013年3月、「英語によるアフリカ文学の父」とも称されたナイジェリア人作家が他界しました。彼の代表作『崩れゆく絆』は実に50カ国語に翻訳され、世界で1千万部が売れたといわれています。このナイジェリア人作家とは誰ですか。

A.クネーネ  B.クッツェー  C.ゴーディマ  D.アチェベ

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(2)一人の女性が一生の間に産む子供の数のことを「合計特殊出生率」といいます。2011年の世界銀行の統計によれば、日本の合計特殊出生率は「1.39人」、世界平均は「2.42人」であったのに対して、世界でもっとも合計特殊出生率が高かったのは西アフリカのニジェールでした。ニジュールの合計特殊出生率として正しいのはどれですか。

A.約6人  B.約7人  C.約8人  D.約9人

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(3)アフリカ諸国の国旗の半数近くには、なんらかの形で「星のマーク」が描かれています。次のうち国旗に「星のマーク」が描かれているアフリカの国として正しいのはどれですか。

A.南アフリカ  B.ナイジェリア  C.ガーナ  D.マダガスカル
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答え

D

B

C

脇田滋法学研究科長の任期満了(2014年3月31日)に伴う選挙会を、11月13日(水)におこなった結果、次期法学研究科長に高橋進教授が選出されました。

中島琢磨准教授が第35回サントリー学芸賞(政治・経済部門)を受賞しました。受賞作品は『沖縄返還と日米安保体制』(有斐閣)です。毎日出版文化賞に続くダブル受賞、本当に素晴らしいことです。

突然ですが、アフリカについてのクイズを4問。

⑴アフリカ大陸東部にあるビクトリア湖は、1858年にイギリス人の探検家スピークがヨーロッパ人として初めて訪れ、ときのイギリス女王の名を関して命名したアフリカ最大の湖です。ビクトリア湖は東アフリカの3カ国にまたがっていますが、次のうちその3カ国に含まれないものはどれですか。

A.ルワンダ  B.ウガンダ  C.タンザニア  D.ケニア

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⑵今日のタンザニアは、タンガニーカとザンジバルという2つの国が合併してつくられた連合共和国です。1961年にタンガニーカを独立に導いてその初代首相となり、「ムワリム」(「先生」の意)の愛称で人々に慕われた指導者は誰ですか。

A.モブツ  B.ガーヴィー  C.ルムンバ  D.ニエレレ

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⑶1884年11月から1885年2月にかけて、アフリカ植民地分割について協議する重要な国際会議が開催されました。この会議が開催されたヨーロッパの都市として正しいのはどれですか。

A.ロンドン  B.ベルリン  C.ジュネーヴ  D.ローマ

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⑷アフリカ大陸のほぼ中央部には赤道が走っています。赤道直下の国として正しいのはどれですか。

A.ブルンジ  B.カメルーン  C.ソマリア  D.中央アフリカ

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答え
⑴A
⑵D
⑶B
⑷C

「ゆきゆきて、神軍」の原一男監督が講師を務める龍谷エクステンションセンター「ドキュメンタリー制作講座」に今日も出席しました。ひとつひとつのカットに明確なメッセージを込めるということの重要性を再認識しました。

赤池一将・法学部長の任期満了(2014年3月31日)に伴う選挙会を、11月6日(水)におこなった結果、次期法学部長に 吉岡祥充(よしおか・よしみつ)教授を選出しましたのでお知らせいたします。

龍谷大学農学部(2015年4月設置予定/構想中)の公式facebookページが開設されました。↓

https://www.facebook.com/RyukokuAgr

 

私は最近、アフリカのドラッグ問題に対して学術的な関心を寄せています。そしてそのために、シエラレオネとリベリアのゲットー(マリファナやアルコールが販売・消費される場所)でドラッグユーザーにインタビューなどをしています。この絵は、友人であるリベリア人アーティストに頼んでリベリアの首都モンロビアの路地裏(ゲットー)の風景を描いてもらったものです。

2013年4月から、龍谷エクステンションセンター(REC)コミュニティカレッジの「ドキュメンタリー制作講座」に通っています。「ゆきゆきて、神軍」などのドキュメンタリー映画制作を手掛けた原一男監督、滋賀県近江八幡市を舞台にした市民映画「結い魂(ゆいごん)」の長岡野亜監督、映像人類学を専門とする本学社会学部の小林直明監督が講師です。私は、西アフリカ・シエラレオネの修道院を舞台にしたドキュメンタリー映画制作を企画中です。

中島琢磨先生(写真中央)の著作『沖縄返還と日米安保体制』が今年の毎日出版文化賞を受賞されたとのこと、本当におめでとうございます。龍谷大学にとっても法学部にとっても素晴らしい朗報ですね。この写真は中島先生の受賞をお祝いする会のものではありませんが、向かって左は橋口先生、右は西倉先生です。

中島琢磨准教授の著作『沖縄返還と日米安保体制』(2012年12月刊行)が今年の毎日出版文化賞を受賞しました。おめでとうございます。沖縄返還をめぐる日米政府の動向、密使、日米安保条約と憲法やこれまでの法解釈との整合性に苦闘する外務官僚と政治家、「核抜き・本土並み」を求める世論など、ダイナミックな政治過程を日米の資料に基づいて実証的に解明した好著です。

2006年以来、シエラレオネを訪問する度にしばしばお世話になってきたシスター根岸(根岸美智子さん)が11月1日、天に帰られました。シスターは50年程前に西アフリカに宣教師として派遣されて以来、主にシエラレオネ北部州ポートロコ県のルンサーという町の修道院を拠点にしながら職業訓練などの教育分野で活動をしてこられました。シスター根岸には、ルンサーを訪問した際に大変やさしくしていただきましたし、龍谷大学の学生をボランティアとして受け入れていただいたこともあります。本当にお世話になりました。シスター根岸のご冥福をお祈りします。

 

雨季にリベリアの首都モンロビアを歩いていたとき、足元の水溜りに目がとまりました。その形が、どこか「アフリカ大陸」のようにみえたからです。「象の顔」のようにもみえますが・・・・。

私が「フィスチュラ」(fistula)という聞き慣れない言葉を初めて耳にしたのは、いまから10年以上も前のことです。当時、私はアフリカの女子割礼(female genital mutilation: FGM)の問題について耳学問で知っており、多少の興味ももっていたので、あるナイジェリア人の大学医学部教授と彼女の研究室で話をしているときに、「ナイジェリアでもFGM問題は深刻ですか?」という質問をしてみたのです。すると、彼女からは、「ええ、たしかにFGMはナイジェリアにもあります。でもねぇ、フィスチュラの方がFGMより深刻な問題だと思いますよ」という答えが返ってきたのです。このごく短い会話が、今日まで続く私のフィスチュラ問題に対する関心の始まりでした。「フィスチュラって、一体何だろう・・・・」。

「フィスチュラ」は日本語でいえば「瘻孔(ろうこう)」のことです。瘻孔(ろうこう)とは、身体の組織器官などに形成される、通常みられない穴や管のことであり、日本でも耳などに瘻孔がみられる方がいます。しかし、ナイジェリアを含む一部のアフリカ諸国で今日問題となっているのは、主に難産に起因して形成される、女性器、特に膣の瘻孔のことなのです。それを総称して産科フィスチュラ(瘻孔)といいます。

アフリカの農村部では、今日なお女性が10代前半で結婚・妊娠することはけっしてめずらしいことではありません。ときには、初経前あるいは初経とほぼ同時に結婚し、それから数年以内に初産を経験することさえあります。こうした女性の極端な低年齢結婚は、もちろんアフリカ諸国でも法律で禁じられている場合がほとんどです。しかし、だからといって低年齢の結婚が実際に無効とされたり、当事者が罰せられたりすることがないのもまた、今日のアフリカの現実といえます。

そして、こうした低年齢の女性たちの出産は、栄養不足や発育不全などもあってときに難産になりますが、アフリカの農村部では帝王切開といった医療サービスを適切に受けられないことが多いために、分娩は数日間にわたってしまうこともあります。そして、そうした難産の母胎では、産道に詰まった児の頭部が母の骨盤や膣壁などを強く圧迫し、膀胱、膣、直腸といった周辺組織器官への血液の循環を長時間にわたって阻害し続ける状況が生じます。その後、児は死産となるものの、女性の体内では血行阻害による組織の壊死部分が拡大し、それがやがて膣のフィスチュラとなるのです。

こうした産科フィスチュラのうち、膀胱と膣の間に形成されたものを「膀胱膣瘻(ぼうこうちつろう)」(vesico-vaginal fistula: VVF)、直腸と膣の間に形成されたものを「直腸膣瘻(ちょくちょうちつろう)」(recto-vaginal fistula: RVF)といいます。アフリカ諸国で今日みられる産科瘻孔のほとんどが、VVFかRVFのいずれか、あるいはその複合型です。そして、膀胱と膣が繋がれたVVFの状態になると、尿が膀胱から膣へとたえず流入し、膣口から漏出する症状がみられるようになります。他方、直腸と膣が繋がれるRVFでは、便が直腸から膣を経由して漏出してしまうのです。こうした尿や便が膣口からたえず漏出する状態は、女性にとって極めて不快であるばかりか、女性器に潰瘍をもたらしたり、感染症を引き起こしたりする原因になります。

しかし、アフリカの産科フィスチュラが何よりも深刻なのは、それが単に身体的あるいは生物医学的な問題だけではなく、同疾患がより広く深い精神的あるいは社会的な問題を孕んでいる点にあります。若い女性たちは、難産の苦しみと死産の悲しみを経験した上に、さらに産後に瘻孔を患い、大きな精神的打撃を受けることになります。にもかかわらず、彼女たちは、夫や親類から慰められるどころか、逆に忌み嫌われることが少なくありません。というのも、フィスチュラの女性は下半身が尿・便でつねに湿り、そこから悪臭を放ち、ときに蝿が彼女の周囲を飛びまわったりするために、夫、家族、親類、隣人から嫌われ、差別されるからです。そして、彼女たちは、食事の準備に従事することを許されなかったり、夫に性生活を拒絶されたり、義理の母親や親類から様々な叱責やいじめを受けたりするなかで次第に孤立していき、やがては別居あるいは実家に送り返され、そして最終的には離縁されることが多いのです。フィスチュラは回復手術をすることが可能ですが、手術で治ることを知らなかったり、手術費用が捻出できなかったりするために、数年から数十年もの間、瘻孔問題を一人で抱え込み、悩み苦しんでいる女性も少なくありません。

産科フィスチュラは、19世紀頃までヨーロッパを含む世界各地でみられましたが、近代医療が普及した今日では、先進諸国をはじめ世界のほとんどの地域でほぼ撲滅されています。戦後日本でも産科フィスチュラの症例はほとんどありません。とはいえ、いまなお発展途上諸国を中心として全世界には、同疾患に苦しむ女性たちが約200万人いると推定されており、新たな患者数も毎年5~10万人にのぼるといわれています(これは、FGMに比べればはるかに小規模ですが、彼女たちが体験する差別や苦悩を想うとき、問題の根はより深いといえるかもしれません)。そして、そうした産科フィスチュラ患者を世界で最も多く抱えている地域のひとつがアフリカなのです(落合雄彦)。

 

近年、「スピリチュアリティ」という言葉が注目を集めています。

日本での火付け役は、最近までテレビによく登場していたスピリチュアル・カウンセラーこと江原啓之氏といえるでしょうか。個人的には江原氏の「スピリチュアリズム」や細木数子氏の「六星占術」の話にはあまり興味も関心もないのですが、ただ、両氏が登場するテレビ番組や書店に高く積み上げられた彼らの著書をみるにつけ、「スピリチュアリティ現象って、日本社会のなかでかなり市民権をえているんだなぁ」ということを感じます。

「スピリチュアリティ」というカタカナ言葉を日本語のYahoo!で検索してみると、なんと9万1000件がヒットします。とはいえ、日本社会のなかで「スピリチュアリティ」なんて言葉を使う人はいまでもごくごく一部の人に限られているのではないでしょうか。日本では、1990年代以降、まず医療・看護の世界で「スピリチュアリティ」「スピリチュアル・ケア」という言葉が急速に使われるようになりました。しかし、医師、看護師、社会福祉士、介護福祉士といった医療・看護の専門職が同語をよく用いるのに対して、彼らのサービスを利用する患者や被介護者の側はそんな言葉は使わないのが普通です。つまり、「スピリチュアリティ」とはあくまでも専門家が好んで用いる「ジャーゴン」(専門用語)であって、日常的な用語ではないのです。ところが、こうしたねじれ現象、つまり「ほとんど日常的には使われない、あるいはごく一部の専門家しか使わない言葉なのに、なぜか日常生活には現象としてかなり広く浸透しているもの」、それがスピリチュアリティ(現象)なのです。

スピリチュアリティ運動/現象/文化と呼ばれているもののなかには、アメリカのニューエイジ運動、チャネリング、UFO、臨死体験、霊体験、自己啓発セミナー、占い、風水、トランスパーソナル心理学、終末論、心霊学、気功、ヒーリング(癒し)、様々なセラピー、インド神秘思想、ターミナルケア、映画『ガイアシンフォニー』、死生学、日本の精神世界などが含まれます。それは、いわゆる宗教とは違う(というよりも、特定の宗教とは関係ないことを強調しながらも)、しかしとても宗教的な感じがするものといえます。東京大学の島薗進氏がそうした日本のスピリチュアリティ運動/現象のことを「新霊性運動/文化」と名づけたのは1990年代初頭のことでした。

いま、「宗教そのものではないけれど宗教的なもの」(スピリチュアリティ)が国際政治やアジア・アフリカ政治のなかに台頭している、という直感のようなものを私は強く感じます。アルカイダが「組織」としてアメリカ合衆国における9・11同時多発テロを起したのだとしても、その後のイギリスの地下鉄・バス爆破事件やテロ未遂事件などをみてみると、もはやそれは宗教過激派組織によるものではなく「現象」のようにみえます。そこでは、イスラームという宗教を形づくっていた教義も宗派も組織もある意味で関係ないのかもしれません。もちろんイスラームという宗教と完全に無関係ではないけれど、内実はイスラームと関係ない、あるいは正反対の論理やメッセージがインターネットなどを通じて世界に流布し、一部の人々の心を呑み込み、テロ事件などを引き起こしているのです。冷戦後、「文明の衝突」だとか「宗教の復興」だとかという言辞が一時もてはやされましたが、いま国際社会で起きているのは、「文明の衝突」や「宗教の復興」という言葉では十全に表現も理解もできない、「生と死と暴力をめぐるスピリチュアリティ現象の台頭」のようなものなのかもしれません。

ところで先日、スティーブン・エリスとゲリー・テール・ハール著『パワーの諸世界:アフリカにおける宗教的思想と政治的実践』という本を斜め読みしました。同書も今日のスピリチュアリティ論にとても親和的な議論を展開していました。つまり、同書は、アフリカ社会における宗教は必ずしも教団や教義を意味しないとした上で、「大統領は呪術師から超自然的なパワーをえている」といった、アフリカ諸国の政治家などをめぐって頻繁に囁かれる噂や流言のことを「歩道ラジオ」(pavement radio)と呼び、それを大衆が作り出す宗教現象として分析しているのです。

「ローマ法王がイスラームの聖戦を非難する発言をした」というニュースが衛星テレビやインターネットを通じて世界を駆け抜けると、そのニュースの構成パーツ(つまり、「ローマ法王」「ジハード」「暴力」「十字軍」「非難」といった部品)がアラブ社会をはじめとする各地域社会のなかに残留し、やがて特有の流言や噂となって再生産されていきます。そうした「生産物」は必ずしも宗教そのものではないけれど、しかし宗教的な意味合い・パワー・秘儀性を付与されて人から人に伝播し、場合によっては、暴力の淵源ともなっていくのです。

私たちが生きる今日の国際社会は、「文明の衝突」や「宗教の復興」よりもむしろそうした「生と死と暴力のスピリチュアリティ現象の台頭」がみられるという意味で、もしかすると、危うい社会なのかもしれません(落合雄彦)。

アフリカ研究センター(The Center for African Studies: CAS)は、龍谷大学社会科学研究所の指定研究「アフリカと世界」(2008-2010年度)を母体として2009年6月に設置された同研究所付属研究センターです。2012年度からは共同研究「地域研究者と地域実務者が協働して挑む複合科学的なアフリカ・リプロダクション研究」を母体として運営されています。ホームページはこちら↓
http://hare.law.ryukoku.ac.jp/~ochiai/cas.htm

今日から11月

法学部教務課 更新日: 2013年11月01日

2013年も11月に入りました。

深まる秋、秋の京都は格別です。

読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋。

秋を満喫したいですね!